初対面の飲み会で「血液型なに?」と聞かれて、「B型」と答えた瞬間の、あの一同の「あ〜」という納得の空気。日本で暮らしていると当たり前すぎて気づきにくいのですが、この会話、世界的にはかなり珍しい光景です。多くの国では、自分の血液型を知らない人も少なくありません。輸血のとき以外に使い道がないからです。では、なぜ日本では血液型が性格の話になったのか。今日はそのルーツをたどります。

始まりは昭和のはじめ、一人の教育学者

血液型と気質を結びつける考え方が広まるきっかけを作ったのは、昭和初期の教育学者・古川竹二です。1927年に発表された「血液型による気質の研究」は当時話題を呼び、血液型気質説は一時、軍や教育の現場でも関心を持たれるほどのブームになりました。ただし追試ではうまく再現されず、学界での議論は下火になっていきます。ここで一度、話は終わったかに見えました。

1970年代、お茶の間で復活する

ところが約40年後、血液型は思わぬ形で復活します。1970年代、作家の能見正比古が血液型と人間関係をテーマにした著作を次々と発表し、これがベストセラーに。テレビや雑誌が相性占いや芸能人の血液型特集をこぞって組み、「A型は几帳面、B型はマイペース、O型はおおらか、AB型は二面性」というおなじみのイメージが、お茶の間の共通言語として定着しました。

いま私たちが使っている血液型トークは、学説としてではなく、この昭和のメディア文化の中で育った「あるある」の体系です。朝の情報番組の血液型ランキングに一喜一憂した記憶がある方も多いのではないでしょうか。

科学の答えと、それでも消えない理由

先に正直なところを書いておくと、血液型と性格のあいだに一貫した関連は確認されていないというのが、心理学の調査を重ねた末の大方の見方です。またこの話題には注意点もあって、血液型を理由に人を決めつけたり、採用や人間関係で不利に扱ったりすることは「ブラッドタイプ・ハラスメント」と呼ばれ、問題になってきました。ここは笑い話にしてはいけない部分です。

それでも血液型トークが消えないのには、ちゃんと理由があります。まず、たった4種類という手軽さ。星座の12種類より覚えやすく、誰でも即座に参加できます。次に、話題としての安全性。初対面で年収や恋愛遍歴は聞けませんが、血液型なら聞けます。つまりこれは性格の科学ではなく、自己開示のハードルを下げる会話の道具として進化してきたのです。「B型っぽいって言われます」の一言から、その人の自己イメージがちらりと見える。雑談ツールとしては、かなりの発明だと思います。

「A型っぽさ」は後から作られる——ラベルの自己成就

血液型トークには、もうひとつ心理学的に興味深い側面があります。ラベルが先にあると、人はそのラベルに合わせて記憶と行動を編集してしまうという現象です。

子どものころから「A型だから几帳面だね」と言われて育つと、自分の几帳面なふるまいは「A型だから」として記憶され、大雑把なふるまいは例外として流されていきます。周囲も同じフィルターで見るので、「A型っぽいエピソード」ばかりが会話に上がる。こうしてラベルは、性格を言い当てたのではなく、性格の見え方を作っていきます。予言が自分で自分を実現してしまう、いわゆる自己成就の構図です。

これは血液型に限らず、あらゆるタイプ分けに共通する性質です。だからこそ、ラベルは軽く持つのがコツになります。「私はA型だから片付けなきゃ」ではなく、「A型って言われるとなぜか片付けたくなるんだよね」と笑えるくらいの距離感。ラベルに操縦席を渡さず、助手席に乗せておくイメージです。

世界の「血液型枠」には何が座っているのか

では血液型トークのない国では、初対面の潤滑油に何を使っているのでしょうか。実は多くの文化に「血液型枠」に相当する何かがちゃんとあります。

欧米で古くからその席に座ってきたのは星座です。「何座?」という質問は、日本の「血液型なに?」とほぼ同じ機能を果たしてきましたし、雑誌の星占いページという文化装置まで共通しています。また近年は、性格を4文字のアルファベットで示すタイプ診断が世界的に広まり、若い世代の自己紹介ではこちらが定番になりつつあります。韓国のポップカルチャー経由でこの話題に触れた人も多いのではないでしょうか。

つまり「科学的に確かめられた分類かどうか」とは別の次元で、人間はどの文化でも「手軽な自己紹介の共通言語」を必要としてきた、ということです。日本ではその席にたまたま血液型が座った。4種類という手軽さと、母子手帳の時代から誰もが自分の型を知っているという条件が、この国では揃っていたからでしょう。血液型トークは日本の奇習というより、人類共通の欲求のローカライズ版なのだと思います。

プロフィール帳と朝の占い——生活に組み込まれた4文字

血液型が日本でここまで定着した背景には、それを日常に組み込む「装置」が豊富だったことも見逃せません。

わかりやすいのがプロフィール帳の文化です。学校で回ってくるあの小さな冊子には、名前と誕生日の次あたりに、当然のように血液型の欄がありました。記入欄があるから書く、書くから覚える、覚えるから話題になる。雑誌の相性占いページ、朝の情報番組の血液型ランキング、ゲームやアニメのキャラクター設定に添えられる血液型——どれも「血液型は知っていて当然の属性」という前提を、毎日少しずつ補強してきた装置です。

キャラクター設定に血液型が書いてあるのは、考えてみれば不思議な話です。輸血の予定もない架空の人物に血液型が設定されているのは、それが「性格の速記法」として機能しているから。「B型」と一行書くだけで、読者に人物像の当たりをつけてもらえる。血液型は日本のコンテンツ文化の中で、キャラクターを立てる省エネ技術としても働いてきたのです。

上手な楽しみ方は「入口」として使うこと

というわけで、血液型は「決めつけの根拠」ではなく「会話の入口」として使うのがおすすめです。「A型なのに部屋が汚い」と笑い合うとき、本当に交換しているのは血液型の情報ではなく、お互いの生活の話。診断や占いの楽しみ方と同じで、当たっているかの採点より、そこから始まる会話のほうが本体です。

当サイトでは、血液型をそういう「入口」として使った占いを用意しています。今日運勢占いは星座と血液型と直感の組み合わせで毎日の運勢を、ソウルナンバー×血液型診断は誕生日と血液型からあなたの取扱説明書を読み解きます。ふたりの相性をじっくり見たい方は、生年月日から読む四柱推命の相性占いもどうぞ。どれも娯楽として、話のタネとして楽しんでください。

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