「怖い話、していい?」と切り出されて、「やめて」と言いながら身を乗り出す。人間にはこの妙な習性があります。嫌なら聞かなければいいのに、聞いてしまう。夜中に検索してしまう。そして後悔しながら、また次の話を探す。怖いものは避けるのが生き物の基本のはずなのに、なぜ人間だけが恐怖をわざわざ娯楽にするのか。今日は江戸時代の怪談ブームから現代の心理学まで、この矛盾の正体を探ります。
江戸の怪談会「百物語」——恐怖はパーティーゲームだった
日本人が恐怖を娯楽として洗練させた代表例が、江戸時代に流行した「百物語」です。ルールは有名で、夜、百本の灯りをともし、参加者が順番に怪談を語る。一話終わるごとに灯りをひとつ消していき、百話目を語り終えて最後の灯りが消えたとき、本物の怪異が現れる——とされました。
注目したいのは、これが完全に「遊び」として設計されていることです。だんだん暗くなる演出、順番に語る参加型の構造、そして「百話目で何かが起こる」というクライマックスの予告。恐怖を盛り上げる装置が実によくできていて、現代の脱出ゲームやホラーイベントの先祖と言っていい完成度です。実際には九十九話でやめて朝を迎える、という粋な遊び方も伝わっています。オチの手前で止める勇気まで含めて、江戸の人は恐怖の遊び方を知り尽くしていました。
この流行は出版文化とも結びつき、怪談を集めた本が数多く作られました。歌舞伎では四谷怪談のような怪談物が大当たりし、明治には小泉八雲が日本各地の怪談を採集して世界に紹介します。恐怖は昔から、日本のエンタメの主力ジャンルだったのです。
なぜ夏に怪談なのか
ところで、怪談といえば夏。この結びつきにも文化的な事情があります。ひとつはお盆の存在です。死者の魂が帰ってくる季節は、あの世とこの世の距離が一年でいちばん縮まるとき。怪談を語るのにこれほど似合う季節はありません。
もうひとつは、興行の都合というなんとも人間くさい理由です。冷房のない時代、夏の芝居小屋は客足が鈍る。そこで「背筋が凍る」怪談物を夏の演目にして、涼を売りにした——という説がよく語られます。ぞっとする話で暑さをしのぐ「怖涼み」の文化です。真偽の細部はともかく、恐怖と納涼をセットで売るという発想が定着し、夏の怪談特集は今もテレビと動画サイトの風物詩になっています。
学校の怪談からネット怪談へ——百物語は続いている
百物語の文化は、江戸で終わったわけではありません。器を変えながら、いまも現役で続いています。
昭和から平成にかけての器は「学校」でした。トイレの花子さん、音楽室の肖像画、理科室の人体模型。学校の怪談は子どもたちの口伝えで全国に広まり、書籍や映画の一大ブームにもなりました。校舎という誰もが知る舞台を共有しているからこそ、転校しても通じる共通言語になった——ローカルなのに全国区という、民話として理想的な生態です。口裂け女のように、子ども社会の口コミだけで日本中に広がった都市伝説もあります。情報網が今よりずっと細かった時代に、です。
そして現代の百物語会場は、インターネットに移りました。掲示板や投稿サイトには体験談の形式で語られる怪談が集まり、名作は「洒落にならないほど怖い話」として語り継がれ、朗読動画や怪談イベントという新しい語りの場も育っています。作者不明の話が、細部を変えながら共有されていく様子は、囲炉裏端の伝承そのもの。人類は灯りを蝋燭からスマホの画面に持ち替えただけで、夜に集まって怖い話をする習性を、一度も手放していないのです。
心理学から見た「安全な恐怖」のうまみ
では心の仕組みとしては、なぜ恐怖が快楽になるのでしょうか。鍵は「安全である」という保証です。
怖い話を聞いているとき、体はちゃんと緊張しています。心拍は上がり、感覚は研ぎ澄まされる。ところが脳のどこかは「これは話だ、自分は布団の中だ」と知っている。この、体は本気・頭は安全という二重状態が、ジェットコースターと同じ種類の快感を生みます。そして話が終わった瞬間、緊張が一気にほどける。この落差の心地よさが、「怖いのにまた聞きたい」の正体のひとつと考えられています。遊園地の絶叫マシンに行列ができるのも、辛いものがやみつきになるのも、親戚筋の現象です。
もうひとつ見逃せないのが、恐怖の社会的な働きです。百物語がそうだったように、怖い話は一人ではなく集団で楽しまれてきました。一緒に怖がった相手とは、なぜか距離が縮まる。強い感情を共有した体験は絆になるからです。修学旅行の夜の怪談が友情の儀式として機能してきたのは、偶然ではありません。
怖がり方にも「タイプ」がある
おもしろいことに、恐怖の楽しみ方には個人差がはっきり出ます。じわじわ迫る気配の恐怖が好きな人、勢いで驚かせる恐怖が好きな人、考察しながら読みたい人、雰囲気だけ味わって核心の手前で引き返したい人。ホラー映画の趣味が友人と合わないのは、怖がり方のタイプが違うからです。
自分がどのルートの恐怖に遭いやすいタイプなのかを、サウンドノベル風の分岐で確かめられるのが、当サイトのあなたの恐怖体験診断です。選択肢を選びながら進む形式なので、百物語の参加者気分をひとりでも味わえます。怖い話のあとに心を整えたくなったら、オーラ診断で今日のまとう色を見て深呼吸を。ちなみに「愛されすぎる恐怖」という変化球を扱った被愛妄想診断もあります。恐怖とかわいさは、実は隣同士の感情です。
怖い話は、心の避難訓練
最後にひとつ、恐怖エンタメの効用を挙げるなら、それは「心の避難訓練」だということです。物語の中で最悪の事態を疑似体験しておくことは、感情の予行演習になります。安全な場所で怖がる練習をした心は、現実の不安に少しだけ強くなる。昔の人が囲炉裏端で怪談を語り継いだのは、娯楽であると同時に、夜と死と隣り合わせだった暮らしの中での、心の備えでもあったのかもしれません。
というわけで、今夜も安心して怖がってください。灯りは、最後の一本を残しておけば大丈夫です。